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すずのまほうつかい

歪んで捻れた思考過程

食べることと、満たされること。

今日のお昼は、急遽知人達と食べに行くことになりました。

和食屋さんで、ぶり大根の定食をいただきました。

そのぶりが骨も食べられるようになっていたので、私は骨まで残さず食べました。

 

そんな私に、一緒に来ていた方が「鈴ちゃんが一番上手に食べたわね」と言ってくださいました。

 

 

私は「食事」が好きではない。

よく食べる。

でもそれは、ストレスからくる暴食であったり、「残したら勿体無いから食べる」であったり。

 

実家での食事は、大量にないと怒鳴り散らす毒父に合わせて作られ、食べて良い品や量は「空気を読んで」自分で考えなければいけない。

間違えたら最後。

毒父が「これじゃ足りないだろ!」と怒鳴るか、毒母が「こんなに食べたの!? また作り足さなきゃいけないじゃないの!!」とヒステリーを起こすか。

苦痛。本当に、苦痛。

 

食事に楽しさなんか無い。――そう思っていた。

 

だけど今日、一緒にご飯を食べに行った方が、残さず食べ終えた私に笑顔で言った、

「きれいに食べたわね」

という言葉。

 

 

帰宅して、一人で夕食を食べながら、その方の言葉を思い出す。

思い出した私のなかにあるのは、「嬉しい」という感情だ。

そしてさらに思い出した。

祖父母も、私が食べ終えて「ごちそうさまでした」と言ったとき、すごく嬉しそうな笑顔になることを。

 

食べることって、本当は、こんなにも、心が満たされることなんだ。

今日、初めて気付いた。

 

 

恋人もよく食べる人で。

 

 

私は恋人と一緒だと、あんまりお腹が空かなくなっちゃう。

きっと、一緒に居るだけで、心が満たされるからかもしれない。

 

 

これから食事をするときは、祖父母の笑顔や今日の知人からの言葉、恋人と一緒に居るときの気持ちを思い出してみようかな。

 

そうしたら、過食することもなくなるのかなあ…?

「普通」って、何ですか。

Twitter で、某新興宗教信者の家庭に育った子どもの話を見た。

あの言葉と表情で追い詰めて、周りと隔絶させて、自分の認めた世界の中でしか生きさせないの、まさしく私の毒母と同じ。

周りが可愛い服を着ているのを「あんな服を着させる親は頭がおかしい」と断罪し、

観るテレビも、聴く音楽も、私には選ぶ権利がなく。

放課後に友達の家へ遊びに行くことも、許されず。

直接的に禁じたりはしない。

代わりに、言うのだ。

「あんなものを欲しがるなんて」

「周りに流されてばかり」

「自分のことしか考えない」

「アンタが遊んでいる間に〇〇(兄弟姉妹)はちゃんと家の手伝いをしてくれたから助かった」

「アンタは人の気持ちが分からない」

何度、言われただろう。

じわり、じわり。

私の心を痛めつける。

暴言を吐かれた方が、まだマシ。

殴られた方が、まだマシ。

小学生の頃、「障害のない人」をどう表現すべきか分からず、「普通の人」と表現したら、やはり言われた。

「お前は障害があったら普通じゃないと思っているのか」

「□□(障害のある兄弟姉妹)のことも普通じゃないって思っているのか」

「お前は人の気持ちが分からない」

私を聞こえよがしに断罪し、異常なのは私だと。

何が異常で何が普通か分からない。

脳内で繰り返し響く毒母の声に、私は投げつける。

「頭おかしいのはテメエなんだよ! クソが!! 死ね!!!」

それでも脳内の声は、毒母の声は、なかなか消えない。

しつこくしつこく、まとわりつく。

あなたの その手が 好きです

私は自分の手が嫌い。

一年中、クリームを塗っているのに、ガサガサ。

小学校高学年の頃から、ずっとガサガサ。

中学生のとき、ふと見た友達の手。

すべすべの手。

他の子の手も、同じ。

ガサガサなのは、私だけ。

なんで?

どうして?

どうして私の手はガサガサなの?

洗い物をしていたら、ひび割れた手に、水が滲みた。

そして、気付いた。

ああ、これのせいか。

そしてまた不意に、脳裏を過る。

真冬に外の水道で虫籠を洗い続け、自分への「罰」としてひたすら冷たい水に両手を浸し続けた場面が。

自分を罰することを覚えたのは、小学生の頃。

自分の体をつねったり、拳や物で自分の頭を殴ったり。

毒母からの精神的虐待によって心が痛むのを、物理的な痛みで紛らせたかった。

或いは、自分で自分を罰することで、少しでも「罪」を償おうとしていたのかもしれない。

今でも私は、私の手が嫌いだ。

吐きたい

お料理。

 

作っているときは、幸せ。

 

でも、作り終えてからが、地獄。

 

 

 

「余らせておく」が出来ない。

 

私のなかに刷り込まれた「勿体無い」という魔物は、鍋が空になるまで私を許さない。

 

 

 

「残すなんて、勿体無い」

 

 

 

 

偏食の酷い兄弟姉妹と、大量に食事がないと怒鳴る毒父。

 

皿に残る、食事たち。

 

 

食べるのは、私の役目。

 

 

私が食べれば、全部まるく収まるの。

 

 

だから、食べ続け。

 

 

 

私の満腹中枢は、おかしくなった。

 

 

 

 

 

 

一日の中で食べる量を調節すれば良いっていう人もいるけれど。

 

 

うまくいかなくて、食べちゃって、吐けなくて、お腹壊して。

 

 

 

 

醜い豚みたいになってしまうのかな。

 

 

怖い。

怖いよ。

 

 

誰か助けて。

 

 

 

 

私は、豚になりたくない。

ぼくにもそのあいをください

「愛」って、なんだろう。

 

子どもを愛さない親はいないと、みんな言う。

だけどその「愛」とやらが歪んだものだったとしたら?

 

「愛」だったら、子どもを支配していいの?

子どもを自分の所有物にすることが、「愛」なの?

 

そうだとしたら、私は、「愛」なんか嫌いだ。

 

本当の愛が知りたいよ。

それがこの世に存在するのなら。

過食

ストレスがたまると、わけもなく胃に食べ物を詰め込んでしまう。

そんな自分が、大嫌い。

吐き出したいのに、吐けない。

ひたすら食べる一方。

死にたくなる。

 

頭のおかしい毒父の、頭のおかしい家系には、過食嘔吐の人がいる。

私もその血を引いてしまった。

 

死にたい。

 

どうしてそんな家系に生まれちゃったのかな。

 

せめて吐けたらいいのにな。

誰の声?

うとうとしはじめると、頭の中で誰かが喋る。

だいたいそれは金切り声。

誰かが誰かを叱責している。

 

実は今も、眠気とともに襲ってくる脳内の声と戦っている。