読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

すずのまほうつかい

歪んで捻れた思考過程

食べることと、満たされること。

今日のお昼は、急遽知人達と食べに行くことになりました。

和食屋さんで、ぶり大根の定食をいただきました。

そのぶりが骨も食べられるようになっていたので、私は骨まで残さず食べました。

 

そんな私に、一緒に来ていた方が「鈴ちゃんが一番上手に食べたわね」と言ってくださいました。

 

 

私は「食事」が好きではない。

よく食べる。

でもそれは、ストレスからくる暴食であったり、「残したら勿体無いから食べる」であったり。

 

実家での食事は、大量にないと怒鳴り散らす毒父に合わせて作られ、食べて良い品や量は「空気を読んで」自分で考えなければいけない。

間違えたら最後。

毒父が「これじゃ足りないだろ!」と怒鳴るか、毒母が「こんなに食べたの!? また作り足さなきゃいけないじゃないの!!」とヒステリーを起こすか。

苦痛。本当に、苦痛。

 

食事に楽しさなんか無い。――そう思っていた。

 

だけど今日、一緒にご飯を食べに行った方が、残さず食べ終えた私に笑顔で言った、

「きれいに食べたわね」

という言葉。

 

 

帰宅して、一人で夕食を食べながら、その方の言葉を思い出す。

思い出した私のなかにあるのは、「嬉しい」という感情だ。

そしてさらに思い出した。

祖父母も、私が食べ終えて「ごちそうさまでした」と言ったとき、すごく嬉しそうな笑顔になることを。

 

食べることって、本当は、こんなにも、心が満たされることなんだ。

今日、初めて気付いた。

 

 

恋人もよく食べる人で。

 

 

私は恋人と一緒だと、あんまりお腹が空かなくなっちゃう。

きっと、一緒に居るだけで、心が満たされるからかもしれない。

 

 

これから食事をするときは、祖父母の笑顔や今日の知人からの言葉、恋人と一緒に居るときの気持ちを思い出してみようかな。

 

そうしたら、過食することもなくなるのかなあ…?